2006年サンディエゴからメキシコ半島最南端カボまでのバハ・ハハ・ラリーに参加し全レグを帆走のみで通した [ダルシ二ア]。ラリー後に半島とメキシコ本土に挟まれたコルテズ海を北上した。
これはその時 [ロス・フライレス]
沖に停泊中の姿。
潅木などの植物がへばり付くように生えているバハ・カリフォルニア(下カリフォルニア)の山の姿と碧い海の色が印象的。
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メキシコと言えば、ヨーロッパまでの巡航を目指して11月1日サンディエゴを出発、第一寄港地として選んだメキシコ本土の [プエルト・ヴァラルタ] を目指していた [デニス・ハワード] が4日目の5日(土曜)、サンディエゴ南西160マイル(エンシナダ西方沖)で米コースト・ガードに救助された。
救助船艇を出すかどうかコーストガードが迷うほどの悪天候の中での救助だったらしい。右目失明、左目はストローから覗いたほどの視野しか残っていないデニスには適時適切な判断を下し行動することが難しかったのだろう。ブームが破損し、船外機も流された後に電話で救助を求めたとの事。
視力を失った後セイリングはもちろん道路を安全に横切ることから再学習して挑んだチャレンジだった。 [ラティテュード38] は本人の心身の早期の快復を願うと共に、希望を捨てないで欲しいと、記事を結んでいる。
尚、米コースト・ガードは人命救助が仕事で、船体を救うことはしない。通常トラッキングできるように船体に発信装置を装着するが、今回は悪天候の中、艇から延びたストーム・アンカー用ラインのせいもあり、その作業が危険で不可能だったようだ。フリッカ 『アヴァロ』 は同海域を航行する船艇の障害物(漂流物)として太平洋を漂うことになる。郁々はハワイ漂着という事になるかも知れない。
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話しはダルシ二アに戻るが長い間売りに出ていた同艇も今年春ぐらいに新オーナーの手に渡ったようだ。
(写真はPSC製434艇中412番 Dulcinea です。)
⇒ フリッカ・データベースのダルシ二ア