2011年11月14日月曜日

点灯

パラフィン・オイル・ランプ。ガラス製チムニーの [代替品] が届いてから、いつか試験点灯しようと思いつつ、つい2ヶ月が過ぎてしまった。

芯出しを約2.5mmに留めて火を付け様子を見た。5分程経ったが何の問題も無い。

この後テストとして芯を6mm位まで展開してみた。一時燃えあがった炎で上の口付辺に黒い煤が付いただけで終わった。やはりガラスが充分に暖まった上で灯を大きくするとガラスは割れない。




しかし煤が出るまで炎を大きくするのはオイル・ランプの正しい使い方ではない。最大でもせいぜい3~4mm位が適当のようだ。これは日中の撮影だが、夜の室内では2.5mmで2燭光程度の灯りである。芯を伸ばしても100Wはおろか60w電球に変えたみたいに劇的に明るくなる訳ではない。それこそ蛍の光で本を読むほどの気持ちでこの明るさ(暗さ)に慣れる必要がある。とは言え、年長者の眼にはもっと光があった方が良いのだろう。フリッカのような小型キャビンでもこれと同等のオイル・ランプを計2~3個備えている艇を良く見かける。

それにしても小さなランプながら、出る熱の量はすごい。暖房器具としても充分使える。

(写真はPSC製434艇中295番 Serenity です。)
フリッカ・ホームページの歴代カバー写真

2011年11月13日日曜日

ドリーム・キャッチャー売りに出る

SF湾東岸アラミダがベースの [ドリーム・キャッチャー] が売りに出た。

この艇の室内はPSC製では恐らく2~3艇しかないだろうと思われるアレンジになっている。





ポート側のギャリーとVバース間はバルクヘッドで仕切られており、通常そこにある手摺り的なコンプレッション・ポストはスターボード側にある。また船内機(1GM)仕様ながらキャビン内コンパニオンウェイ横に個室ヘッドはなく、ヘッドはVバース下の所謂オープン・レイアウト型。(フリッカ・ホームページで紹介されている [同艇の写真] を参照。)

現オーナーのバートが2001年に購入するまで毎年夏の間3ヶ月だけ淡水エリアでセイル、残りの9ヶ月はトレイラーに載せられて保管されていた。しかしそれから11年SF湾で帆走、年中マリーナ係留。スタンディング、ラニング両リギングの交換や船底ブリスター修理などのメンテは必須と思われる。ハルもバフまたはペイントで手入れが必要。新オーナーの手で見違えるようになって欲しい。

尚、この艇は1983年製ながら84年以降のPSCフリッカ同様、ブリッジ・デッキのある新型デッキ・モールドで造られている。83年第4四半期の生産だろう。この年には約80艇のフリッカが生産されたが、その中13~14艇が新型。この艇が新型最初の艇である。

(写真はPSC製434艇中261番 Dream Catcher です。)
フリッカ・ホームページで今売りに出されているフリッカ一覧

2011年11月12日土曜日

メキシコ・コルテズ海のダルシ二ア

2006年サンディエゴからメキシコ半島最南端カボまでのバハ・ハハ・ラリーに参加し全レグを帆走のみで通した [ダルシ二ア]。ラリー後に半島とメキシコ本土に挟まれたコルテズ海を北上した。

これはその時 [ロス・フライレス]
沖に停泊中の姿。









潅木などの植物がへばり付くように生えているバハ・カリフォルニア(下カリフォルニア)の山の姿と碧い海の色が印象的。

***

メキシコと言えば、ヨーロッパまでの巡航を目指して11月1日サンディエゴを出発、第一寄港地として選んだメキシコ本土の [プエルト・ヴァラルタ] を目指していた [デニス・ハワード] が4日目の5日(土曜)、サンディエゴ南西160マイル(エンシナダ西方沖)で米コースト・ガードに救助された。

救助船艇を出すかどうかコーストガードが迷うほどの悪天候の中での救助だったらしい。右目失明、左目はストローから覗いたほどの視野しか残っていないデニスには適時適切な判断を下し行動することが難しかったのだろう。ブームが破損し、船外機も流された後に電話で救助を求めたとの事。

視力を失った後セイリングはもちろん道路を安全に横切ることから再学習して挑んだチャレンジだった。 [ラティテュード38] は本人の心身の早期の快復を願うと共に、希望を捨てないで欲しいと、記事を結んでいる。

尚、米コースト・ガードは人命救助が仕事で、船体を救うことはしない。通常トラッキングできるように船体に発信装置を装着するが、今回は悪天候の中、艇から延びたストーム・アンカー用ラインのせいもあり、その作業が危険で不可能だったようだ。フリッカ 『アヴァロ』 は同海域を航行する船艇の障害物(漂流物)として太平洋を漂うことになる。郁々はハワイ漂着という事になるかも知れない。

***

話しはダルシ二アに戻るが長い間売りに出ていた同艇も今年春ぐらいに新オーナーの手に渡ったようだ。

(写真はPSC製434艇中412番 Dulcinea です。)
フリッカ・データベースのダルシ二ア

2011年11月11日金曜日

オフ・シーズンのメインテナンス開始 (Video)

ビデオとタイトルは無関係。11月になり風が落ち2011年シーズンも終わり。今月第1週末(5日土曜)から冬期メンテを開始した。この冬も2月末位までに全てを終わらせたい。



10月15日ののんびり帆走。メンテも楽しいものだが、この位気象条件が整えば出航することもあり得る。

(ビデオはPSC製434艇中295番 Serenity です。)
フリッカ・ホームページのフリッカ・データベース

2011年11月10日木曜日

T.C. その他

T.C.の艇名はトランサムではなく両舷クォーターにある。

右舷コックピット・コーミング外側の陸電コード差込口。その右には汚水ホールディング・タンクのヴェント口が見える。




セレニティーではここに用途不明だがヴェント口が [もう1個] 並んでいて、そのホースは途中で2本に分岐し、先端はいずれもエンジン・ルームで [宙ぶらりん] になっている。他艇の写真を見る度に注意しているが、セレニティーと同様ここにヴェントの二つあるフリッカはまだ見つかっていない。

スターン・アンカー用のチョックとハウザー(デッキ)パイプ。いずれもフォア・デッキにあるものと同製品。




パイプは [円形] もあるが、オーヴァル(楕円形)の方がチェインやラインの出し入れが楽。セレニティーでもオーヴァルを考えている。全く同型を探しているがこの [バック・アルゴンキン製] で良いかも知れない。

(写真はいずれもPSC製434艇中336番 Tuesday's Child です。)
フリッカ・パッセージのページ フリッカ各艇の長距離航行記録を載せるページ。(全6ページ、各ページ一番下の Next>> をクリック。)

2011年11月9日水曜日

T.C. Vバース下

船内機仕様のPSC製フリッカでは [燃料タンクがバウのVバース下] に在る。

T.C.の燃料タンク後部。燃料は下のホースから出て、燃やさなかった余分の燃料は上のホース(リターン・ライン)を通って戻ってくる。

見ての通りT.C.ではタンクからの燃料シャットオフ・コックがここに付いている。フリッカのみならずどの艇でも通常このようにタンク横に設置してあるのが普通。

話しが少しずれるが、セレニティーでは購入時にコックが [ここに付いていなかった] (リンク先1枚目)。そこでエンジン冷却水の取水スルーハル・コックも配置されているコンパニオンウェイ下にあった方が便利と考え、そこを通っている燃料供給ラインに取り付けた(同リンク先8枚目)。係留時エンジンを停めた後、両方のコック共閉じておく。

さてこれは燃料タンクのすぐ後ろ。

真中に置いてあるのは木のブロック。





チェイン・ロッカーからの水が燃料タンクの下を通り、このスペースを流れ、さらにキャビン・ソール(床)下のスペースを抜けてビルジに落ちるようになっているため、ここに直に物を置くとどうしても底が濡れるのだ。この木の上に板を置いてその上に箱など乗せれば収納になる。

木のブロックの横、ポート側にはノット(スピード)メーター用のスルーハル・トランスドゥーサーが設置されている。




言うまでも無く点検時などにトランスドゥーサーをスルーハルから取り外した時には右側に置いてあるプラグを代わりに差し込んでおく。

こちらはVバース下とは無関係のトランスドゥーサーを外側から見たところ。







場所はスターボード側セッティーの下あたり。デプス・ファインダー(水深計)用なので海底に対してなるべく水平になるように出っ張りを付けて工夫してある。最近はスルーハルではなく、ファイバーグラス・ハルの内側から水深を測定出来るタイプのトランスドゥーサーをビルジに設置しているオーナーが多い。ここまでやる人はいないだろう。

(写真はいずれもPSC製434艇中336番 Tuesday's Child です。)
フリッカ・ブローシュア(14頁版)

2011年11月8日火曜日

ボルティモアのフリッカ、テキサスに到着

ボルティモアを出航し、テキサスを目指していたフリッカ [レン] は90日の旅を終え、9月28日テキサス州 [ロックポート] に無事到着したそうだ。

これはメリーランド州ボルティモアの郊外 [ミドル・リバー] にて出航前の姿。

ハルはフェロセメント、リグはギャーフ。

ハルID は RYAF20010374 (RYAはビルダー Ryan Marine のビルダー・コード、F20はフリッカ、01はハル番号、1974年3月にハル完工)。




出航前に上架して船底塗料を塗った。プロの造船所によるフェロセメントなので1974年製とは言え、少しの瑕疵もない。



Wren の艇名と Alpine, Texas のホーム・ポート名もその時に入れたもの。実はアルパインという場所は海とは全く無縁の町で、メキシコ湾岸ロックポートから西北西に500マイルも内陸部に入ったオーナーのホーム・タウンである。

90日間の生活を物語るキャビン内。

カスタムなのでプロダクション艇にはないユニークさがある。アイスボックスはコンパニオンウェイのすぐ横、フォアにシンク、コンロと続く。コンロは非圧式アルコールでギンボル。興しろいのは下のハルの形から分かるように、PSC製フリッカに比べて約10cmギャリーの幅が狭いこと。その分室内のスペースは広くなる。


マストからの荷重を受けるアーチ部分には両舷とも2本のニーが仕込まれているが、真ん中にはコンプレッション・ポストも。



***

興味深いのはこのオーナー、最初からテキサスまでシングルハンドの旅をすることだけが目的で、それを完遂したら艇を売ってしまうことを予定してボルティモアで艇を購入したということ。到着10日後の10月7日には売りに出した。死ぬ前に自分の人生でやりたいこと#2にあげていたICW(イントラ・コースタル・ウォーターウェイ)のシングルハンドを72歳にしてやり遂げたからだ。(尚、この艇は既に売れて新オーナーはカリブ海の [ベリーズ] までクルーズ予定という。)

航海中に一番感動したことは? 『お金をいくら払ってもできない経験。高温高湿の7月、浅いことで知られる大西洋岸ジョージア州の湿地帯を走るICWを連続12時間機帆走後、その日予定していた泊地のドックに向かっていた時、船底が泥をズズズッと擦る音。こりゃいかん、水深3フィート3インチのフリッカでもこれか、と焦ってティラーを左右舷に繰り返しパンピングしながら何とかバウを深い方向に向けようとして努力していたら、突然アスターンで何か動く気配と息遣いを感じた。何だろうと思って振り返った時には既に数頭の大きなイルカが体を自艇のハル両舷に寄せ、尾をあっちへこっちへ向けて動かしながら力を合わせて艇を深い方向へ押し始めていた。おおおーっと思っていると艇が自由になり、イルカたちはサッと姿を消してしまった。』

***

日本の諸氏、アメリカでフリッカを買い、一夏アメリカや周辺をクルーズして、その後売るなり日本に運ぶなりすることも考えてみたらどうだろう。

(写真はいずれも Ryan Marine の1974年製フリッカ、Wren です。)
フリッカのリグ